二千三百五十五年

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週始論文: 発育性股関節形成不全の疫学調査【2023-07-31】

 読んだ論文の備忘録です。毎週月曜日に更新されます。

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出典

Hiroki Den, Junichi Ito, Akatsuki Kokaze, Epidemiology of Developmental Dysplasia of the Hip: Analysis of Japanese National Database, Journal of Epidemiology, 2023, Volume 33, Issue 4, Pages 186-192, Released on J-STAGE April 05, 2023, Advance online publication August 12, 2021, Online ISSN 1349-9092, Print ISSN 0917-5040, https://doi.org/10.2188/jea.JE20210074, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jea/33/4/33_JE20210074/_article/-char/en

概要

日本におけるDDH(発育性股関節形成不全)の疫学的実態について、NDB(ナショナルデータベース)を用いて統計的に解析したもの。日本におけるDDHの発症率が0.076%であり、寒い月(11~2月)に生まれると発症のリスクが1.89倍になること、女児は男児にくらべて7.27倍のリスクがあることなど、先行研究で指摘されていた傾向が全国的に存在していることを明らかにした。

工学にバックグラウンドがある私にとっては畑違いの疫学の論文になる。

応用上の意義

NDBを用いて、DDHの発症率・遅診断率といった統計的な指標を全国規模で推定したのはこの研究が初めてで、全国規模で統計をとるのも数十年ぶりということになる。このデータ自体に、今後のマクロレベルでのDDH診療の改善などに利用できる応用上の価値がある。

先行研究との比較

先行研究として市単位、県単位などの狭い範囲内での疫学的調査が行われいるが、北から南に長く広がっている日本の地理的特性を考えると、特定の地域での調査結果をそのまま全国に拡張できるとは考えづらい。その点、国家規模でデータを収集しているというのが本研究の最大の意義になってくる。

ポイント

NDBは保険診療をベースに構築されたデータベースであり、患者個人の性別・誕生日、大まかな出生地などは追跡できるので、そういった要素がどれくらいのリスク因子となるのか計算することはできる。

だが、それ以上のことは追跡できないので、例えば血縁者内のDDH発症者の有無といったリスク因子を勘定に入れられないことが論文内の議論でも問題視されている。しかし、このような問題を解消するにはよりセンシティブな情報を集積する国家規模の診療情報データベースが必要になる。というかそれ以外に方法がない。

実証手法

保険診療の履歴をもとに匿名化されているNDBのデータから2011~2013年生まれの患者への診療・診断情報を抽出して分析する出生コホート研究を実施している。単に発症率や遅診断率を見るのみならず、性別、誕生日に基づいたリスク分析も行われている。

そうやって算出した統計的な数値と結論が正当であることは統計的検定によって確かめられている。また、先述した日本国内の特定地域の疫学的データ、あるいは台湾、香港などの文化的・遺伝的に近い地域での調査結果との比較を通じて、数値があまり大きくは異ならないからちゃんと統計がとれているっぽいんじゃないか、という漠然とした有効性の確認も行われている。

批判

リスク因子分析のための「寒い月」は11~2月と設定されているが、北から南まで幅広い日本の国情を前提とするならば全国一律にそのような設定を行うのは少し問題があるような気もする。するが、それでも十分有意性のある結論が出せているし、個人情報保護のために中部・関西のような地域レベルまでしか出生地を追跡できない場合もあるので、気候の差を勘定に入れたより精密な分類を行ってより強い結論を出すのは困難だろう。

感想

chi-square testという文字列があった。チャイ・スクエアってなんだ……?と思って調べたらカイ二乗検定だった。わかるかー!

理系分野における古典的な論文フォーマットであるところのIMRaD方式で書かれてはいるものの、それぞれの項が果たしている役割が工学系のそれとはかなり違って新鮮で面白かった。結果の新規性以上に手法の新規性が重要になる工学系の場合とは違ってMethodは本当に方法を紹介しただけでさほどDiscussionでは触れられずに流される一方で、Discussionでガンガン先行研究が引用され、研究結果の応用可能性を踏まえた視野の広い議論が展開されるのはノリが違いすぎて面白い。

ちなみに、寒い月に生まれた子供のDDH発症率が高まるのは、骨格が形成される新生児期を寒い環境で≒防寒のために布団などでがんじがらめにされ、自由な運動が行えない状況下で過ごすことが骨の発育に悪影響を及ぼすためだと考えられている。