二千三百五十五年

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週始論文: 診断支援AIによるスクリーニング支援の試み【2023-09-11】

 読んだ論文の備忘録です。毎週月曜日に更新されます。

出典

Jaremko, J.L., Hareendranathan, A., Bolouri, S.E.S. *et al.* AI aided workflow for hip dysplasia screening using ultrasound in primary care clinics. *Sci Rep* **13**, 9224 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-35603-9

概要

検診支援AIを用いてDDH(発育性股関節形成不全)のスクリーニングを行った結果についての報告・考察。工学系の論文ではないが、開発側の人間としては、医療現場へのAIの投入の実態はとても興味深い。

応用上の意義

DDHは新生児の1-3%に発生する股関節の疾患である。これには、診断が遅れれば最終的には人工股関節への置換手術が必要になる危険性があるが、早期に発見すれば低侵襲で容易に治療でき、スクリーニング検査が非常に有効だ。にもかかわらず、スクリーニング検査を可能にするだけの熟練した検査者が不足している(し、北米ではこれが検診の価格上昇という形で表れてくる)。そこでこの研究では一次診療医に検診支援AIが導入された検査デバイスを配布し、股関節が専門でない非専門医にも検査をやらせてみて、実際にどういった効果があったのか検証している。AIによる支援で低コストでのスクリーニングが可能になるなら万々歳だし、実際に悪くない結果が出ていることを示してAI導入の先鞭をつけたのがこの論文の一番の意義だろう。

先行研究との比較

相当する先行研究がない。

ポイント

Medo.ai(カナダの医療系スタートアップらしい)が提供するAIによって超音波検査を支援している。MedoのAIの詳細については説明されていないが、U-Net系列の画像分割ネットワークを用い、超音波で撮影した画像から診断に必要な特徴点を抽出(あるいは、そもそも特徴点が画像の中に捉えられているか判断)、その形状に基づいて「健康」「要精密検査」「不明: もう一度やってください」の3つに分類する、というシステムになっている。

DDH診断における超音波撮影は本来プローブの位置角度を正確に制御しなければいけない難しいタスクだが、MedoのAIがあれば体軸に垂直にプローブをなぞらせるだけでいいらしい。すごい。

本研究ではこのAIを用いて二段階のスクリーニング体制が組まれた。まず第一段階としてAIを用いた上述のざっくりとした検診が行われ、そこで要精密検査になった患者は専門的な検査者による標準的な検診を受け、最終的な診断が確定する。

このような形式でスクリーニングを行った結果、AIによる支援の利点と課題が明らかになった。

利点はまずもって検査数が拡大した点で、本研究で行われたスクリーニング検査の中でDDHと診断された患者のうち2/3が遺伝などのリスク因子を持っていない(つまり、本来なら検診の対象にならない)患者だった。これは全数検査の利点をそのまま象徴している。

一方で課題として見えるのが「要精密検査」判定の割合についてだ。要精密検査と判定される患者の割合は本来一定のはずだが、医師が主に検査を担当していたある診療所では割合が一定して低かった一方で、あまり熟練していない看護師が担当していた多くの診療所では最初の数件は要精密検査が出る割合が明らかに高く、件数を重ねるにつれて減衰、一定の割合にまで落ち着いていく……という挙動を取っていた。これは結局検査者の技能と経験がAIによる診断にも影響を及ぼしていることを示唆している。まあAIがないよりだいぶマシな結果が出ていることは確かなんだろうけど。

実証手法

導入した結果わかった諸々の統計的指標の分析を行っている。「要精密検査」判定の割合とその時間的推移などが行われていた。また、「要精密検査」判定が出た患者の8割が健康だったという、AIの偽陽性率の高さを示唆するデータもある(見逃しを防ぐためのスクリーニングとしてやっている以上、専門的な検査のキャパシティが確保できる限りは偽陰性を少なくする方が偽陽性の削減よりも優先されるべきだろうが)。

批判

Scientific Reportsに載っている非専門分野の論文に方法論でケチをつけるのは非常に難しい。強いてでっちあげるなら、マニュアルとはまた違う、実際の使用風景の動画とかがあるとよかったかもとは思った(個人情報の関係でとても難しいんだろうけど!)

感想

診断支援AIについての技術的な話ばかり見ていたので、実際にこういう実装が行われた場合の具体的なあれこれについて知れてとてもよかった。現場に実装してみないとわからないことなんていくらでもある。

とりわけ面白かったのはAIが診断をその場で下すことの重要性が指摘されていたことだ。熟練していない作業者はどれだけのデータを取得すれば十分かわからないので、AIが診断を確定させるのが終了の合図になることで、安心できるらしい。工数の削減と回転率の向上にもつながるだろう。

また、このようなAI技術の投入による診断支援が、専門医依存の脱却→診療価格の低減→アクセス可能な人数の増加という経路で社会福祉に貢献するとしている北米的な意義づけが行われているのも面白かった。日本だとだいたい「AIによって専門医がいない離島でも質の高い医療が~」式になるので。